半分世界

 こんにちは。大学がもうすぐ始まりそうで憂鬱です。

 

 石川宗生の「半分世界」を読みました。創元日本SF叢書。「吉田同名」「半分世界」「白黒ダービー小史」「バス停夜想曲、あるいはロッタリー999」の四作が収録されています。

 

 

 「裸のランチ」で完全に打ちのめされて、大学の書店へふらふらと迷い込んでふらふらと出てきたときに手にしていたのがこの「半分世界」でした。冒頭を立ち読みして引き込まれたこと、ちょっと前に読んだ飛浩隆が解説を書いていたこと、二千円分の図書カードが財布の中にあったことが要因だと思われます。あとは表紙が良かったのもありますね。本が無造作に積み重ねられているイラストです。検索してみてください。これが半分世界にでてくる半分の家のアニメイラストだったら絶対に買わなかった。(あらゐけいいちとかが描いてそう)

 

 創元日本SF叢書ということでジャンルとしてはSFになります。「吉田同名」は第七回創元SF短編賞を受賞しています。SFというとサイエンス・フィクションやらスペキュレーティブ・フィクションやらとありますがこの作品は藤子・F・不二雄の提唱した「すこしふしぎ」が合っていると僕は思います。大それた設定ではなく、少し不思議なアイデアで四作品は書かれています。また、帯に書かれている「日本発、世界文学」の文字の通り描写のいたるところに世界文学のニュアンスが感じられます。世界文学に大して触れていない僕がそんなこと言うと怒られそうですが。

 

 

 一作目「吉田同名」ですが、これは一瞬にして19,329人となった吉田大輔氏を語るだけの話です。シンプルかつ大胆な設定。一作目に持ってくるのも納得の作品です。アルバムの最初にロックナンバーを持ってくる感じ。大量発生した吉田大輔氏に対し日本政府は廃病院や廃ホテルに同氏を収容する措置をとる…という展開になっています。勢いのある大量発生の描写から収容所文学にしてしまうところは作者の才能ですね。吉田大輔氏の鞄にイタロ・カルヴィーノの「不在の騎士」が入っているという設定もポイントが高い。これまだ読んだことないんですけど本編と何らかのつながりがあるのかな?今度読んでみようと思います。

 

 表題作「半分世界」は突如として縦に半分になった家に平然と暮らし続ける家族とそれを観察する人々の話。寡黙な父、普通の主婦な母、家にめったに帰らない姉、引きこもりの弟、この四人が向かいのマンションから観察する人々によって語られます。基本的に家族に干渉することは無く、家族の考察によって話は進んでいきます。父の書斎の描写が出てくるのですがこれまた作者の趣味全開で素晴らしいです。「赤と黒」「地下室の手記」から「ペンギンの憂鬱」「蛇を踏む」に至るまで様々な作品50作ほどが羅列されます。「路上」もエントリーしてたのが少し嬉しかったですね。この作品は見るものと見られるものがテーマとなっているので「安部公房じゃん!」と思いながら読んでいたのですが作者は影響受けてるんでしょうかね?それとも僕が無知なだけで他にちゃんとしたルーツがあるのかもしれません。でも物語のたたみ方にも安部公房感を感じました。

 

 「白黒ダービー小史」は町ぐるみでフットボールを行う町を舞台にしたこてこてのラブストーリー。前の二作は舞台が日本だったのですがこの作品と次の作品は外国を舞台にしていて、語りも一気に翻訳ものっぽくなります。特にこの作品はそうでしたね、ヒロインのマーガレットのフランクな語りがもろ外国文学という感じ。小史、ともあるように愛の駆け引きの合間に町の歴史の話が続きます。これが絶妙なホラ話という感じでとても面白いです。マーガレットほんまにかわいい。

 

 最後の作品「バス停夜想曲、あるいはロッタリー999」は999通りのバスがやってくるバス停の話。バス停とはいえど、ベンチなど何もなくただただ広い荒野に十字路があるだけで、そこで自分が乗るべきバスを何日も待つ人々によってこの物語は語られます。前三作と違いこの作品では章ごとに語り手が変わり変容するバス停の様子が描写されます。荒野のバス停にここまでの歴史を展開できるのかという驚きもありましたが、何しろ「渇き」の描写が素晴らしかったですね。読んでいるこちらまで喉が渇いてくる。締め方も世界文学的でとても良かった。

 

 

 

 帯には飛浩隆の「諸君、脱帽の用意を」という言葉が書かれていますがこれには迷うことなく脱帽です。正直舐めてかかっていました。ここまで面白いとは。語りはそこまでくどくないし、突飛なアイデアを淡々と展開していく作風は癖になります。今後の作品が非常に楽しみです。