クチュクチュバーン

 こんにちは。少し暑さは弱くなったけど夏は依然として夏。

 

 一か月前に読んだ吉村萬壱の『クチュクチュバーン』の感想を書く。

 

 

 本の感想を書くというからにはテストが終わって夏休みに入ったのかと言うとそんなことは全然ない。まだまだ折り返し地点で来週には四つ試験が待ち構えている。ただ今日ばかりは許してほしい、と誰に許しを乞うているのか分からないけどそんな気分でキーボードを打っている。今朝は三時まで寝付けなかったし、妙な思い出の嵐が心をずたずたにしていったし、テストは相変わらず出来がいまいちだし、坂本慎太郎のチケットは取り忘れていたし、早川書房が最近展開し始めたSF・Tシャツが品切れで注文取消しになるし、昼寝したら予定より一時間長く寝てしまっていて二の腕がよだれまみれだし、とにかく、とにかくだな、いいことがないんだよ。

 

 ダメな日はとことんダメになってしまえと考える僕がいて、そんな日に巻き返そうと頑張れる人間こそが美しいと考える僕もいて、実際の僕はと言うとその間のどっちつかずで中途半端ヤローなのである。という風にナーバスになっているが、テスト期間にナーバスになるのは分かりやすくて嫌だな、と思ったりもする。傍から見てる人は「あぁ、またこいつ病んでるよ」とか思うのだろうか。でも周りの人間を気にして自分のナーバスさを抑圧することに何の意味があるというのか。ない!そんなことより感想を書こう。

 

 

 吉村萬壱、という人を知らない人は多いと思うのだけれど、実は芥川賞作家だ。2003年に『ハリガネムシ』で芥川賞を受賞していて、今回読んだ『クチュクチュバーン』は2001年に文學界新人賞を受賞している。しかし新人賞受賞作家にありがちな一発屋みたいな雰囲気がこの人にもあって、2003年以降10年で三作品だけしか発表していない。これはどこかのインタビューで本人も語っていたことで、ストレスで髪が抜け落ちるほどのスランプに陥ったのだという。(そのころ頭にバンダナを巻いて禿を隠していたがそれがトレードマークになって今でもバンダナを巻いている)ただここ5年間では『臣女』『ボラード病』等七作品を発表していてぶり返してきているなという感じがある。

 

 でも『クチュクチュバーン』を読んでいると10年間のスランプに陥るのも無理ないよな、という気分になる。なにせ物語の破壊力がすごい。初期衝動なんてもんじゃない。ページをめくる手が止まらないって感覚を久しぶりに体感できた小説だった。『クチュクチュバーン』なんてふざけたタイトルだけど読み終えると確かにこれはクチュクチュでバーンだねと納得してしまう。

 

 あらすじはほとんど存在しない。退廃的な空気の漂う日本で人々が異形なモノに変化していく様子をただ書き連ねているだけだ。小さい頃にめちゃくちゃな形の人の絵(手が10本だとか胴体に口があるだとかそんな類の絵)を描き殴った経験がある人は少なからずいると思うがそれを小説にしたものがこの作品だ。そこに子供ではまだ描きだせないエロ・グロの要素もしっかり入っていて混沌っぷりはすさまじいものだ。これは僕の個人的な意見なのだけれど、エログロナンセンス小説において一番の問題点は文章が安っぽくなってしまうことだと思う。書き出すものに引っ張られてしまって地の文がないがしろになってしまう。(小中学生が面白がって読むにはそれぐらいが丁度いいのかもしれないが)しかしこの『クチュクチュバーン』はその点では抜け目ない。激しいエログロナンセンス描写と切れ味の鋭い地の文で脳みそが揺すぶられる。なんだろう、『マッドマックス怒りのデスロード』に出てくるトラックを絶妙なハンドルさばきで爆走させているような小説、というのも正しいかもしれない。以下に小説の一部を引用する。

 

 

 《一か所に留まっていても仕方がない、とは誰もが思い、人々は移動をやめなかった。混乱は続いていたが、何が起こりつつあるのかまったく分からないという人間は少なくなってきていた。》(p9)

 

 《自然が身悶えしていた。人間も苦しかったが、自然も又苦しみを抱え込んだのに違いない。そんなことは嘗てなかったことではあるまいか。この世界は宇宙の局所的な捻れのような時空であり、一種の宇宙的な病巣であった。》(p27)

 

 

 すごくかっこいいよね。エログロナンセンス部分は敢えて抜き出さなかった。そこは実際に本を手に取って読んでもらいたい。絶版だけどね。僕の知り合いなら言ってくれたら貸します。僕の知り合いじゃない人はブックオフオンラインとかで探してみてください。運が良ければ買えるはず。

 

 僕は文庫版で買ったので表題作の他に二作収録されていたのだけれど、どちらも退廃的な世界で不条理に人が死んでいく話だった。この二つはエログロナンセンスの方が勝ってしまっていて読むのが少ししんどかった。でも『クチュクチュバーン』のためだけでもこの本は買う価値があると思う。ぜひどうぞ。