一一一一一

 困ったことに金が無い。日に日に削れていく貯金残高を見て、胃がキリキリと痛んでいく。平日は夕方まで研究室に籠っているので土日にバイトをいれるほかないのだが、サークルの大きなイベントとか遊びの用事が入るのも基本的に土日なので、ほぼ働けていない。四回生なのだからいい加減にサークルから手を引くべきだとか、平日の朝または夜に働けばいいだとか、叱責する声が頭の中で聞こえるが、それを無視してお金が無いとぼやいているのが僕だ。甘ったれた精神の僕だ。

 

 お金が無いくせに本はどしどし買ってしまう。最近はブックオフオンラインで本を買うようになった。ブックオフ実店舗に行くまで金・時間・労力がかかるし、そもそもそこには僕の欲しい本が置いてあることが少ない。オンラインなら欲しい本の在庫があることが多いし、カード支払いなのでお金を出している感覚が薄れて気軽に買える(これはかなりよくないと思うが)。なにより家に本が届く、という現象が中々嬉しい。包装をベりべりと破いて買った本を確認する瞬間は何物にも代えがたい。でも最近は卒論やらなんやらで忙しくて、届いた本の包装も破かずに数日間放置してしまう、なんてこともある。そういうときはあえて何を買ったのか思い出さないように努めてみる。すると、いざ包装を破くときに、ちょっとしたサプライズ感を味わうことができる。

 

 今回、包装の中から現れたのは福永信の『一一一一一』だった。

 

 福永信という作家についてだが、正直なところ僕はよく分からない。どこでその存在を知ったのかも忘れてしまったが、大学一回生の頃あたりからずっと読みたいなと思っていたので、おそらく実験小説について漁っている時にでも探し当てたのだろう。結構変な小説を書く人らしい、というふわっとした認識を僕は持っている。物語が変、というよりかは構成が変なのだと噂では聞いている。その噂をどこで聞いた(おそらくは見た)のかも忘れたが。まぁ確かに『一一一一一』は変わった小説だった。

 

 

――そこの旅のお方。

「なんでしょうか」

――二の足を踏んでいるね、どう見ても、完全に。

「ええ」

――目の前で、道が二つに分かれているのを見て、途方に暮れているのではないか。

「そうですね」

――つまり分岐点で立ち止まっているということになる、いま、ここで。

「じつは、そうなのです」

 

 問いがあり、それにたいして答えではなく相槌が続く。全編ほとんどこの様子で物語は進む。地の文が全くないので物語の状況は二人の会話から推測するしかない。しかし答えは相槌でしか返ってこないので、問いが膨らませた話を信じるほかない。問いが展開していく話は中々強引だが、返ってくるのは「ええ」「そうですね」「たしかに」「おっしゃるとおり」などなど気の抜けた言葉ばかり。返答者はめんどくさがっているのではないか?と思うと実際そうであったり、そうではなかったり、そうなのか分からなかったりする。

 

 この小説は「一二」「一二三」「一」「一」「一」「二一」の六章に分かれていて、それぞれが独立しているようで、実は節々につながりがみえたりする。そのつながりが最後にずるっと回収されるかというと、そうではなく、結局何が何だったのか分からないまま会話は終了する。

 

――なんだこれ…。

「なんでしょうか」

――いや、気にしないでくれ。こっちのことだ。

 

 実験小説(?)として読むには十分面白い作品だと思うが、やっぱりもうひとひねり欲しかったかな、と感じた。ただひたすら会話しかないので読みやすさは抜群。普通の小説じゃなくて変な小説が読みたい!という人にはおすすめ。責任は取りませんけどね。

 

 

 こんな本を新品で買わずにブックオフオンラインで買い集めて喜んでいる僕が、ジュンク堂や三月書房の閉店を嘆くというのは、なんとも馬鹿馬鹿しいことだよな。分かってはいるが、困ったことに金が無い。