破局

 一年ほど前に、高校の友人と火鍋を食べに行った。火鍋というのは中国の鍋料理で、薬味(?)がゴロゴロと入ったスープにラム肉を通して食べる、いわばしゃぶしゃぶのような料理だ。僕は二回生の頃に初めて食べて、すっかりハマってしまい、ことあるごとに友人を誘っては食べに行っている。そのときもその一環で行ったのだが、彼もうまいうまいと言いながらラム肉をスープに放り込んでいた。

 

 

 予約はしていなかったのだが、時間帯が早かった為か、半個室のような良い席に通されていた。そこは店の奥の方だったし、他に客も少なかったので店員が通ることもほぼ無かった。僕たちはかなり久しぶりに会ったため、テンションが上がり、突っ込んだ話もするようになった。彼は、高校時代の友人と付き合い始めたと告白した。

 

 僕はその話を聞いてかなり驚いた。彼が名前をあげた子は、僕もよく知っている子だった。高校生の時は演劇部に所属していて、どこか大人びた性格と風貌だった。しかし同時に危うさのようなものも垣間見える子で、高校を出ると消息不明になり、死亡説が囁かれていた。実際、いつ自殺してもおかしくないような子だったと思う。だが、なんやかんやあって彼がその子を見つけ出し、なんやかんやで付き合うことになったらしい。彼の話はそこで終わることはなく、性事情についてまで細かに語ってくれたのだが、その話を聞いて僕はさらに驚くことになった。

 

 あまり事細かに書くのもどうかと思うし、記憶が曖昧なのでぼかして書くことになるが、彼らは僕が創作物の中でしか見てこなかったような行為をしていて、そして更にはそれがすごい速さでエスカレートしてきているらしかった。彼はその速度に対応するため、サプリメントを飲んだり、いかがわしいグッズを通販で購入したりしていると教えてくれた。僕は彼と彼女のことが心配になったが、彼がいうには二人の関係は頗る順調で、結婚も考えているらしかった。どうしてこんなことを長々と書いているのかというと、遠野遥の『破局』を読んでこの話を強く思い出したからだ。

 

 芥川賞受賞作は、文庫化されて、更にその文庫がブックオフに並ぶ頃にようやく読むのがいつもの僕なのだが、今回はサークルの友人から借りることができた。彼からは上田岳弘の『ニムロッド』や鴻池留衣の『ジャップ・ン・ロール・ヒーロー』なども借りさせてもらったことがある。毎度毎度本当にありがたい。

 

 『破局』の大まかなあらすじとしては…というのはネットで検索すればゴロゴロ出てくるので僕が書く必要もないだろう。そもそもあらすじを知ろうとして僕のブログまでたどりつく人はまぁいないはずだ。

 

 感想だが、面白かった。ちょっと悔しいくらいに。このちょっと悔しい、というのが大事な質感だと思う。なぜ面白いのか分からないのに、面白いと思ってしまう。このなぜ面白いか、という点に対して、考えることが大切だ。なぜ面白いか分からないのが純文学の要素なのだと投げることもできるが、それをするにはまだ色々な面で早すぎる。

 

 おそらくシンプルに文体が僕の好みだったのだと思う。淡々とした文体で性欲について語っていく。これだけ書くと村上春樹だが、あっちほど諦念的ではない。やれやれ、という主人公には人間味があるが、こっちには人間味というものがかなり欠けていて、全体を通して不穏な和音が鳴り続けている。この対比に時代の変化を感じるのは浅はかだろうか。

 

 しかし小説を読んでいて、またこの感じか、と思ったのも事実だ。やりたいことは一般的にはやっちゃいけないことだからやらず、周りをうかがって自分に求められている行動を読み取って行う主人公。こういうのは現代人の虚無というカッコいい言葉でカテゴライズされ、売り文句として使用される。最近多い気がする。村田沙耶香の『コンビニ人間』でも同じものを感じた。だがそれ以外の例をパッとあげることができないので、僕の思い込みかもしれない。これ以上の追求はやめておく。

席と席が近いことにかこつけて、私はこの女にわざと脚をぶつけようとした。が、自分が公務員試験を受けようとしていることを思ってやめた。公務員を志す人間が、そのような卑劣な行為に及ぶべきではなかった。 

特に面白かったわけではないけれど、私は少し笑った。こちらが笑うのを期待しているような話ぶりだったから、笑うのが礼儀だと思った。彼女も笑顔を見せてくれたから、笑ってみてよかった。

 

 というか、同族嫌悪なのかもしれない。主人公は自分の感情に対して疑問を抱いている。地の文でいきなり「私も嬉しかったか?」という疑問形が出てきてびっくりすることがあった。でも自分で自分の気持ち・考えが分からないというのは僕も散々書き散らしていることだ。この点に惹かれるのも無理はないし、惹かれている自分を認識してムッとなるのも無理はない。

 

 主人公は様々な規則を持って生きている。それは幾度となく語られて、自らがそれを破ることを固く禁じている。側から見ればストイックだと言えるが、実際には主人公が規則を作っているのではなく、規則が主人公を作っている。規則を集めて、その縁をなぞっていくと人間の形になる。その中は空虚で、鈍く光る性欲が駆動力として存在している。もちろんそれは脆い。力を加えるとボソボソと崩れる。これが一晩寝て絞り出したイメージだ。小説から得たイメージに正解不正解は無いはずだが、何だか間違っている気がしてならない。

 

 結局のところどうしてこの小説が面白かったのか分からない。結構短い小説なので、二回ほど読み返したのだがそれでも捉え所がなく、言葉にしようとするとするりと抜けていってしまう。ここまで書いてきた文章を読み返しても無茶苦茶だが、もうどうしようもない。これはとりあえず残しておいて、文庫化されたときに読み返すことにする。再読に何度も耐えうるという点でもいい小説だと思う。

 

 

 冒頭に紹介した友人には今年の二月に再び会った。彼女にはフラれたらしい。そういうものだ。