漁港の肉子ちゃん

 こんにちは。

 

 西加奈子の『漁港の肉子ちゃん』について。

 

 

 

 女の子の話をする。この話をするにあたって時間は四年ほど遡ることになる。2014年、西加奈子の『サラバ!』が発売された年であり、僕が高校二年生であった年でもある。美しき日々だ。その女の子はクラスで一番背が低くて、クラスで一番大人びていた。僕たちが同級生同士の恋愛関係(早いものたちは肉体関係)に熱中していたころ、彼女は得体の知れない学外の年上と付き合っていた。僕から見ても少し異質に見えた彼女だったが、クラスの中で浮くということは無く、むしろある種の安全な地位を確立していた。経験の多さや思慮の深さから女子たちの恋愛相談役を担っていて、女子同士での対立があるときには彼女はいつも中立的立場を取り、争いが収まるまでどちらの陣営とも深いかかわりを持つことはしていなかった。不思議な子だったと思う。

 

 僕とその子は仲が良かった。というのも二人とも読書が好きだったからだ。というか僕の読書嗜好は彼女によって創り上げられた一面を持っているように思う。殊能将之の『ハサミ男』や安部公房の『箱男』(〇〇男が並んだが意図的ではない)などは彼女に勧められて読んだものだ。彼女が京極夏彦百鬼夜行シリーズを読んでいるところを見かけたこともあったしある程度趣味が似通っていたのだろう。本の貸し借りをしたこともあった。僕はカフカの『変身』を彼女に貸したし、彼女からは夢乃久作の『ドグラ・マグラ』を借りた。同級生の男子に『ドグラ・マグラ』を貸すような子だったのだ、彼女は。

 

 そんな彼女を思い出すときに、僕は『サラバ!』のことも思い出す。発売されてから数か月するともう学校の図書館に収められていた。今思い返すと学校の図書館は素晴らしいところだったと思う。ほんのちょっと待てば新刊が無料で読めるというありがたみを当時の僕は理解していなくてほとんど利用しなかった。惜しいことをしたと思っている。彼女はそのありがたみを理解していて、教室の机で足をぶらぶらさせながら『サラバ!』を読んでいた。「おもしろい?」と聞くと身長に見合った高い声で「おもしろいよ」と答えるのだった。

 

 

 そして僕は大学生になり、『サラバ!』は文庫化された。そのニュースを受けて西加奈子を読んでみるか、と思い手に取ったのが『漁港の肉子ちゃん』だった。なぜ『サラバ!』ではないかというと、あれを読むほどのまとまった時間を取るのは難しそうだし、何より未だに古本でも高い。お金がないということは悲しいことだな。

 

 『漁港の肉子ちゃん』は男に騙された母・肉子ちゃんとその娘キクりんの話だ。舞台は北の町で、キクりんの視点からその小さな町の小さな出来事が語られる。彼女が通う小学校でもやはり女子同士の対立があり、そのいざこざに巻き込まれて思い悩むキクりんと、そんなことはまったく歯牙にもかけない肉子ちゃんの対比が描かれる。あまりにも楽天的な肉子ちゃんにイラついてしまってついついキクりんに感情移入してしまう。能天気でしかもかなり太っている肉子ちゃんを同級生に見られたくないと思うキクりんの心情描写もとてもよい。思春期の微妙な精神状態が見事に描かれていると思う。また、これだけではただのハートフルストーリーとして終わってしまうが、西加奈子はこの小説に謎、というか不気味な違和感のようなものを加えている。この違和感は解消されることもなく(ある程度の解明はあるが)物語が終わってしまうが、それに対する不満感や不完全燃焼感というのはなかった。これはもう絶妙なバランス感覚で書かれているとしか言いようがないと思う。(他の人のレビューを色々探ってみたがこの点に関して触れている人は少なかった。なぜだろう?)

 

 文庫版のあとがきが素晴らしいので読むならば文庫版をお勧めします。解説はいまいちだけど。なぜか女性作家の小説の解説は妙な気持ち悪さがある。不思議だ。

 

 

 

 彼女は元気だろうか。東京の専門学校に行ったが中退して今は大阪で暮らしているという噂を聞いたことがある。今の姿が全然予想できないのも彼女らしいな、と思う。