浴室

 こんにちは。

 

 引っ越しというのは人の心を惑わせるものだ。来週には新しい部屋に住んでいるということをぼんやり考えていると、ラーメン屋のお冷を倒してしまって、我に返った。そんなぼんやりした頭ながらも、もう少しこの街を探検しておくかと思い、これまで入るのを躊躇っていた古本屋に足を踏み入れてみたりする。そんな経緯でジャン=フィリップ・トゥーサンの『浴室』を見つけた。

 

 

 

 イタロ・カルヴィーノの作品で『木登り男爵』というものがあって、これは幼いころに家族との喧嘩か何かでふてくされて木に登った男の子が木から降りないことを誓い、本当にその一生を木から降りずに過ごす話だ(白水社uブックスから最近出た新装版が本当にかっこいいのでそちらがオススメ)。さて、今回の『浴室』は浴室に籠った男のお話…なのだけれども、『木登り男爵』とは違って主人公はすごくあっさり浴室を出る。本当にあっさり出てびっくりした。10ページも経っていないのに浴室から出てしまう。浴室から出てきて何をするのかというと、台所のペンキ塗りに来た二人の男がタコの皮をはがすところを眺める。なんだこれは。

 

 

 小説の構造自体も少し変わったもので、「パリ」「直角三角形の斜辺」「パリ」の三章に分かれており、小説冒頭にはかの有名なピタゴラスの定理(直角三角形の斜辺の二乗はその他の二辺の二乗の和に等しい)が引用されているので、この小説自体が直角三角形になぞらえられていることが分かる。二つ目の「パリ」の終わり方が一つ目の「パリ」の冒頭につながるようなスタイルを取っているのは、三角形の周をなぞっていって最初に戻ってくることを表しているのだろうか?

 

 章の中も細かく分けられていて、パラグラフの上に番号が振られている。パラグラフの長さは一定ではなく2ページにわたるものもあれば一行だけのものもある。それらの文章は気の利いたもの(あるいは鼻につくもの)ばかりだし、主人公の恋人はかなり都合のいい女として書かれているので最近の村上春樹っぽいなと感じた。

 

 

 誰かが僕の家にやってきて、この本を見つけて「これっておもしろい?」と聞いてきたならば、「あぁ、それね、ちょっと変わってるけどそこそこおもしろいよ」と言うような小説…という感想が一番正確な気がする。

 

 

 本の感想を書くの久々すぎてどう書けばいいのか忘れてしまった。今回はこれぐらいにして荷造りをしよう。