号泣する準備はできていた

 こんにちは。梅雨ですね。

 

 一週間ほど前に江國香織の『号泣する準備はできていた』を読みました。直木賞受賞作らしいですね。

 

 

 どうしてこの本を手に取ったかはよく覚えていないんですけども、女流作家もそろそろ読むかみたいな気分で買ったんだと思います。僕は日本の女流作家に本当に疎く、複数作読んだことあるのが川上弘美だけな気がしますね。忘れてるだけで他にもいるんでしょうけど。なので今回は完全にタイトル選びです。『号泣する準備はできていた』、いいタイトルですよね。

 

 内容としては短編が12編。大体が女性視点の語りです。女性作家だから当たり前と言えば当たり前なんですが、僕にとってはなかなか新鮮でしたね。特に女性から見た男の男らしさというか、ぶっきらぼうな感じの描写が印象的でした。普段読んでいる小説に出てくる男はだいたいちっちゃい存在なんですが、この短編集に出てくる男は語り手よりも一回り大きな存在として書かれているなという風に感じました。身長とかそんな単純な話ではなく。

 

 はてさて、今回も率直に言わせてもらいますが、この短編集は僕には合いませんでした。面白くないことはないんですよ、ただまぁ12編あってそれらほとんどが結婚するやらしないやら離婚するやらしないやら、はたまたレズだったり嫁姑の関係がうざいやらなんやら…。くどい、くどいんですよ。やけにリアリティがある台詞回しで少しげんなりしてしまいますね。僕は小説にリアリティは求めていないんだなと再確認できました。

 

 これ女の人でハマる人はとことんハマるんだろうなぁと思いつつ読んでいたら解説してる人がまんまそのタイプの人でした。書き出しが「江國香織さんの小説は、読む、というより食べる、という感じだ。」です。この時点でかなり面白い。「私はこの短編集をどんどん食べた。もっともっとと思いながら、一気に食べてしまった。」おおそうかそうか、としか言いようがありません。「おかわりも三回してしまった。」上手いこと言ったつもりか!絶対ドヤ顔しとるなこいつ。書いた瞬間はいいけど出版社に提出するとき読み返して恥ずかしくなったりしやんのか。江國香織さんもこんな狂信めいた解説文つけられて困惑するやろ…。という風に突っ込みながら読むと非常に楽しい解説文でした。この解説読むためだけでも12編読む価値あります。

 

 女流作家はやっぱりなんか肌に合わないところがあるなぁって感じです。でも山田詠美とかは読んでみたいかも。